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守山駅

守山市の玄関口です。
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名古屋にも守山というところはありますが、あちらは守山区で鉄道駅は新守山、となっており見分けは容易です。
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東海道本線でも古株の駅で、1912年にはすでに開設されています。そのためホームの礎石もかなり年季が入っています。
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2面2線と郊外の鉄道らしい配線になっていますが、目立つのは上下線の間の空間。推測するにここに側線(中線)があったのではと思われます。
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上り線の米原方には側線(保守線)らしきものが敷かれてますが、最初から保守線として使われていた訳ではなく、側線(授受線)として使われてたのでは、と思われます。
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この駅最大の側線遺構はこの側線(ヤード)跡ではないでしょうか。
歴史を紐解くと、この駅での貨物取り扱いは2003年まで行われており、ヤードではタンク車での荷扱いを行っていたそうです。
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ヤードが廃止され駐車場になるというパターンはよく見かけますが、ここまではっきりとヤード跡が開発されてる様子が見て取れるのは珍しいのではないでしょうか。
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中線の跡は草津方に向かって延びていますが、これも工場からの側線(専用線)がかつては延びていた、ということの証拠かも知れません。
上り線の側線(保守線)が額面通り保守線と受け取れない理由はここにあります。
それだけ守山駅と貨物扱いが密接した関係にあるということなのでしょう。

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